管理人うんさんのプロフィール

はじめまして、こんにちは!うんさんです!

この度は、僕のブログに訪問してくださりありがとうございます。

ここでは、

  • うんさんは、どんな人間なのか?
  • 今は何をやっているのか?
  • どうしてインターネットビジネスを始めたのか?

などなど、僕自身についてお話し致します。

現在は不動産関係の会社に勤めて4年になる会社員です。
会社員として働きつつ、インターネットビジネスの継続した収益化に取り組んでいます。

ちなみに、どのように収益化していくかというと、

  • 記事の外注化とブログ運営
  • Googleアドセンス収益化
  • メルマガアフィリエイト
  • 個人コンサル

これらを実行していくことで、継続した収益化を目指します。

何のためかって?

それは本当の『安定』を手に入れるためです。

 

 

岡山県の田舎町から都会への進学と一人暮らし

高校時代、僕は進路を考え始めました。
というのも、高校の先生にも、親にも考えるように言われていたのです。

この頃の僕はというと、将来のことを何も考えないで生きてきたガキんちょだったので、
進路を決めろと言われても、何ひとつ思いつかなかった。
「やりたいことがないのに、決められる訳無いよ・・・」
こんな考えばかりが日々続いていました。

ひとつ上の兄は難関国立大学へ進学したというのに、僕には夢がない。
その上、勉強もできない。
大学どうしよう・・・。正直、進学なんて興味もない・・・。
それでも、両親には「とりあえず、大学は出ておけ。」と言われ、
しぶしぶながら、千葉にある私立大学への進学が決まった。

僕の進学先は、デザイナー志望、建築家志望の人が集まる学科で、
勉強の出来不出来は関係がなかったのが救いでした。

ちなみに、この学科に決めたのも、
「絵を描いたり手を動かしたりするのが好きだったから」という単純な理由でした。

それでも、まわりの友達と比べて将来に対しての意欲に欠ける僕は、
大学生活のほとんどをアルバイト生活に費やしていました。

そんなアルバイト生活に時間の大半を費やしたのには、もう一つの理由があったのです。
それは、大学4年間の学費以外は両親からの金銭的援助がなかったからです。

要するに、
アパートの家賃、食費、光熱費、娯楽費etc…..
すべてを自力でどうにかしないといけないわけです。

特に、大学がデザイン専攻だっただけにその教材費にも結構かかりました。

たとえば、何万円もする定規とか。
(高すぎて言葉になりません)

1本数百円するマジックを100本近く買ったりとか。
(コピックと言うんですが、結局、一度も使わない色もありましたね)

お金の無い貧乏学生にとっては、
教授からの指示の一つ一つが何かの罰金かのようにも感じました。
この頃のことを改めて考えると、
社会人の一人暮らしよりよっぽどお金がかかっていたかもしれません。

もちろん、アルバイト代だけで生活が成り立つ訳もなく、奨学金も借りていました。

大学卒業後、奨学金返済予定額を見た時には、言葉にならない重圧を感じましたね。
事前にわかってはいましたが、400万円を超える借金を背負ってしまったわけですから。

「奨学金返済難で、自己破産」ってニュースも見たことがありますが、
今の社会で新卒から安定してこの400万を返済していくっていうのは、
結構ストレスのたまることだと思います。

もちろん、借りたものを返すのは当然ですけどね。

 

職を転々とし、不動産会社へ転職

それで就職がどうなったのかというと、
就職活動の段階から、本業のデザイナー職はあきらめていました。

「だって、デザイナーなんて採用枠も少ないしさー、無理無理!」

などと言い訳ばかり言っていましたが、
結局のところ僕には向いていない仕事だとわかっていました。

そして、就職活動も休止、そのまま卒業。

職無し。

フリーター野郎の完成です。

 

大学の頃からやっていたアルバイトは、
そこそこ時給もよかったのでそのまま続けていましたが、
夢もなくアルバイトをやっている自分にも何だか嫌気がさしてきました。

アルバイト先には、
お笑い芸人を目指している人や、アーティストを目指している人など、
夢を追う合間に働いているという方もいらっしゃいました。

そういう人って、魅力的なんですよね。

でも、僕は何やってんの?

夢は?

田舎から出てきて、何やるの?

それでもやはり夢なんて見つかりませんでした。

この頃は趣味が一つだけあって、それが「ダーツ」でした。
この時は本当にどっぷりのめり込んでしまって、
毎晩のように、バイトが終わってからはダーツをやりに直行していましたね。

プロってどうやってなるんだろう??
って考えたこともあるくらいハマっていました。

でもダーツでプロになったところで、それだけで食べていけるとも考えづらいし、
ちょっと不調になるとそれで終わりの世界だし、結局は考え直しました。

とりあえず、夢もなくやっているこの「アルバイト」という肩書きはどうにかしたい!
そう思い、家電量販店での販売員に転職することにし、4年間続けたアルバイトも辞めました。

新しい仕事は、携帯電話・インターネットの契約業務や、パソコン販売が主な業務でした。
ちなみに、この段階で僕はアルバイトから「派遣社員」になったのです。
アルバイトという肩書きから、派遣社員へ!

当時の僕は、「社員」という言葉に少し酔ってしまっていました。

そして、派遣社員になって時給も跳ね上がりました。(時給1000円→1400円)
これはうれしい結果でした!
バイト時代は、頑張っても月収20万超えるくらいだった収入が、
就業時間が長かったおかげで、ボーナス無しでも年収400万円は超えていました。

でもだんだんと、派遣社員に負い目を感じるようになり
「正社員として安定したい」という気持ちに変わってきました。

この頃は、すでに結婚前の妻と一緒に住んでいたのですが、
婚約者が派遣社員というのも、相手側の両親に対しての印象も良くないでしょうし。

そんな訳で、4年間続けた販売員職からも足を引き、
ようやくつかんだ「正社員」が今現在の不動産会社です。

 

部長とのサウナ地獄

今の会社に勤めて3年が過ぎた頃、ある出来事が起きました。
それは、社員旅行のお風呂での話。

僕は温泉から上がり部屋に戻る支度をしていました。
すると、そこにほろ酔い気分の部長が登場。

僕は完全に着替えが終わり、ドライヤーで髪を乾かしていたところです。
すると、部長が近くにいた店長ら数人に向かって、

部長「おい!サウナ行くぞ!着替えろ!」

店長「えっ?いま上がってきたところですよ!?」

部長「いいから!いくぞ!!」

店長「あ、はい、わかりました・・・。」

そして、店長たち数人が連れていかれました。

当日僕は完全に風邪を引いてしまっていて、
この時もマスクでゲホゲホ言ってる状態だったので、
声を掛けられなかったことにホッと安心しきっていました。

が、次の瞬間、

鏡越しに背後に立つ部長の姿が目に映りました。

 

一瞬、時が止まったかのような静けさを感じ、

そして、いやな予感が的中。

部長「おい!何やってるんだ?いくぞ!!」

僕は振り向いて、

僕「あの、もう上がったとこなんですよ。」

部長「おい、お前何マスクなんかしてんだよ!いくぞ!」

僕「はい・・・。」

あろうことか、この後、サウナ→水風呂→サウナ→水風呂のサドンデスが始まったのです。

サウナの中では、みんなで部長を持ち上げる話題ばかり、
もちろん、部長はとてもいい気分になっています。

普段は少人数店舗での営業のため、あまり店舗外の人との接点がない僕は、
会社という集団の上下関係をこの時ようやく目の当たりにしました。

『だめだ、体調悪いのにこんなの続けてたら倒れてしまう・・・。』

僕はもう、店長や部長にどう思われても良いと思い、
3回目の水風呂からサウナへの移中にこっそりと一人で脱出を試みました。

脱出成功。

「あのサウナ、大丈夫かよ。あれじゃ死人出てもおかしくないよな。」

コソコソ喋りながら歩く社員をよそ目に、ひとりロビーで店長達の帰還を待っていました。

 

そんなこともあった社員旅行はなんとか終了したものの、
ここでのサウナ地獄が影響したのか、僕はこの数日後に完全に寝込んでしまい、
結果的に医者には「肺炎」と診断されました。

この肺炎をきっかけに数日会社を休むことになったのですが、
その間はもちろん営業もできませんし仕事が進みません。

会社員といえども、結果を出さないと給料は減額されてしまいます。
それは、病気やケガであっても関係ありません。
雇用されているということは、そういうことなんです。
上下関係にも日々悩み、会社の言う通りに動くだけなのです。

「正社員は安定だ」とは聞いていましたが、そんなことはありません。
30年後に残っている会社がどれだけあるのでしょうか。

僕は、もう一度考え直しました。

仮に10年後に会社がなくなったり、クビを切られることがあったとき、
僕に再就職できる道がどれくらい残っているのか。

考えて見ると、そう簡単ではない未来が想像されます。

何が問題なのかというと、「自分自身に会社内でしか稼ぐ能力がない」ということなんですよね。

仮に、今の会社で地位が上がったところで、別の会社からするとそんなこと関係ありません。
またゼロからのやり直しです。
そんな未来がわかっていて、何も変わろうとしない生活をしていることは、
正直言って怠慢だと思います。

少なくとも、僕はそういう思いで、自分で稼ぐ道を探しはじめました。

 

インターネットビジネスとの出会い

ある日、僕は「ネットで稼いでいる人」のブログを見つけました。

その人は、主に「アフィリエイト」で稼いでいる人で、
会社に雇われず一ヶ月に何百万円も稼いでいるとのことこでした。

あまりに大金すぎて、僕には現実が理解できていませんでした。

まるで異次元です。

だって、僕の年収以上の金額を1ヶ月くらいで、
しかもほとんど仕事もしないで稼いでいるって書いてあるわけですよ。

それも、一時的なものではなく継続的な収入として、ってもうわけがわかりません。

普通なら「はいはい、うそうそ。」で閉じてしまうんですが、
やはり、その人のスキルは本物で、とにかく信用させるのが上手すぎました。

異次元が現実だと認識できました。

もちろん、嘘でもなく、さらに言うまでもなく、詐欺でもありません。

僕自身も、こういったストレスフリーな生活にとても興味があったこともあり、
インターネットビジネスというビジネスの概念が変わりました。

もともとは、おそらく皆さんが感じているような、
「怪しい」「詐欺っぽい」「変なコミュニティーがありそう」「勧誘されそう」
みたいなイメージでしたが、
そうではないってことがしっかりとわかりました。

もし今の僕が一言で説明してみろと言われたとるすると、

「本当の自分を最も表現できるビジネス」

と言い切れます。

 

原理原則は意外とシンプルだった

『パソコン1台、インターネット環境、これだけあればネットビジネスは可能です。』

ということで始まった僕のインターネットビジネスライフ(副業)ですが、
原理原則はいたってシンプルでした。

多くの人がやっていないだけで、才能なんてなくてもいい。

ただ、稼げる前にあきらめてしまう人がとてつもなく多いビジネスではあります。

正直なところ、今思うことは、

もっと早く知りたかった!!!!

ということです。

 

でも、今こうしてインターネットビジネスを知り、
新しい生き方が見つかっただけでもよかったのかもしれません。

このまま、何も知らず、何も考えず、10年、20年と会社員を続けていった先に、
僕はどうなっていたことか、考えたくもないですね。

しかし今現在は、まだスタート地点です。
会社員も辞めたわけではありません。

早くこっちの世界一本で食べていけるようになろうと思っています。

 

「うんさん」の名前の由来について

最後に、この「うんさん」という名前についてお話しします。

名前の由来は特になく、いつも妻が僕のことをそう呼んでいるからです。

本名に近い名前なの?というと、そういうわけでもなく、
全くかすりもしてないです。
(今のところ副業ということもあって、本名は伏せております。)

あと、名前に「さん」が入ってるのってちょっと迷惑ですよね。すみません。
中にはご丁寧に、「うんさんさん」と呼んでくださる方もいらっしゃいますが、
そのまま「うんさん」で大丈夫です!(‘ー’)/

それでは、今後とも、よろしくお願いいたします。